先日、国会で行われた新しい総理大臣の所信表明演説中に、一部議員から激しいヤジが飛ばされ、その姿勢に対してSNS等で多くの疑問と批判が示されました。今後の政権運営や国の重点課題などが説明される重要な場で繰り返されたヤジに不快感を抱いた人が多かった、ということだと思います。
国会の名物として「野次は国会(議場)の華」と肯定的に捉えられる向きもありますが、一方で演説を妨害する行為としてマイナス面の影響を指摘する声もあります。そもそも議場におけるヤジとはどういうものなのか、少し考えてみました。
ヤジの語源と意味
「野次(ヤジ)」という語の起源にはいくつかの説があるようです。
一説ではもともと「野次」は「野次馬(やじうま)」の「馬」を省略したものと考えられているようです。では野次馬とはなんなのか?
もともと「老いた牡馬・役に立たない馬」と言う意味で使われていた「親父馬(おやじうま)」がなまって「やじうま」になったいう説。 「(役に立たず)野に次いでおくしかない馬」を、からかう意味で「野次馬」という語が生まれたという説もあるようです。
つまり「野次」は、元来「役に立たない事象・行動を、興味本位やからかい、非難の言葉で騒ぎ立てる」ような意味を含んでいるようです。
ちなみに派生語として「野次馬根性」という言葉がありますが、これには「自分には関係ないことを見物し、騒ぎ立てる性質」という否定的な評価が含まれています。 ですから「ヤジ」という行為は、「発言や議論を建設的に進める」観点では必ずしも好ましいものではないのかもしれません。
議会(国会等)における「ヤジ」の認識と評価
議会・立法機関において「ヤジ(発言の妨害および茶化し的な介入)」は、制度・慣行・文化・倫理の観点から様々に認識されています。日本および世界の例を交えて整理してみます。
◾️日本における認識と評価
日本では、例えば 東京都議会 において、女性議員が出産・妊娠に関する質疑を行った際に「早く結婚しろ」「産めないのか」というヤジが男性議員から飛び、社会的批判を浴びた事例があります。 この事例では、女性議員・女性政策の質疑という場で、ヤジが「性別差別的・侮蔑的」として非難され、議会として信頼回復に努める動きがありました。
一方で、日本の議会文化の中では「ヤジが議論を活性化させる」「与野党の緊張関係をあらわす一要素」として肯定的に捉えられてきた側面があります。 例えば、「野次は国会(議場)の華」という言葉があり、「ヤジ飛ばし」が議場の緊張感・やりとりの一部と見なされてきました。
近年の傾向としては、「茶化し」「侮辱」「構造的な差別を含む野次」は批判される傾向が強く、議会改革や議場マナーの改善の議論が進んでいるようです。
◾️世界における状況
英国議会(House of Commons)などの英語圏では「heckling(ヤジ)」は伝統的に存在してきた制度的慣行がありますが、、議会において「a well-timed heckle can destroy a speech(適時のヤジが演説を破壊しうる)」と評されたこともあります。
カナダ議会の手引きでは、議場における「ヤジ・反対発言」に対して、議長(Speaker)・議場規則が「議論を秩序あるものとし、議場の尊厳を確保する」ための役割を果たしていると説明されています。
学術研究では、議場でのヤジ(heckling)は「発言者への直接介入」「発言内容への反応」「議場内リスナー(傍聴者など)からの被介入的行為」とされています。議場の乱暴・暴力的な言動(乱闘や椅子を投げるなど)と比べると、ヤジは「言語介入・議論妨害」として軽度なものと理解されている面があるようです。
ある分析では、女性議員が演説している際には、ヤジの内容と頻度が男性議員の場合と異なり、「嘲笑・軽視」のヤジが多いという論があります。
評価の視点
◾️肯定的視点
ヤジは、発言者・政権・反対派議員などに対する批判と圧力の表明であり、議場での緊張感・責任感を生み出す側面があります。また、議会という公の場における「即時反応」「短く鋭い非難」は、民主的なプロセスの「ライブ感」「緊迫感」を演出するという見方もあります。英国の「heckling」は「議会の芸」とまで言われることがあります。
◾️否定的視点
しかし、ヤジが過度に茶化し・侮辱・差別(例えば性別、人種、年齢など)を含むと、議論の質を低下させ、建設的議論を妨げ、議場の尊厳を損なうとの批判があります。
また、ヤジが発言者の発言を遮断したり、発言者が発言を控えるようになると、「発言の自由・少数意見の尊重」という議会の目的に反することにつながり、「ヤジの横行が議会の機能不全を招く」ことになります。学術的には、ヤジが「発言者を黙らせる」「視聴者・議場参加者を傍観者化させる」など、言論の自由・議論の機会均等という観点から警告されることもあるようです。
◾️制度・運営上の視点
多くの議会では、「議場の秩序・礼儀・議論の質」を維持するため、議長(Speaker)や議場規則が「ヤジ・割り込み発言・侮辱語」などを制御する仕組みを設けています(例えば、発言者の邪魔をすると警告・退場処分、議長が発言中止を命じるなど)
最近では、ドイツの議会(Bundestag)が「侮辱的・秩序を乱す発言を頻繁に繰り返す議員」に対して罰金・退場を科す方向で規則強化を検討しているという報道も出ています。
日本の国会(議場)においても、過度な「ヤジの応酬」は避けたいものです。生産的な「意見のぶつけ合い」は大いに賛成しますが、発言の場・質疑の場として良識ある運営を議員の方々に期待したいと思います。国会(議場)の一分一秒に僕たちの血税が使われています。それを無駄にしないためにも、今回の話題をきっかけに「ヤジ」のあり方を改めて見つめ直すのもいいのではないでしょうか。
